②細胞の内部環境の保持
細胞膜を構成する基本的な分子はリン脂質である。リン脂質は、親水性(水溶性)の部分と疎水性(油溶性)の部分を併せ持つ。水と油は、ご存じのように、互いに反発するから、リン脂質を水中に入れると、疎水性の部分が水から遠ざかるようにして集合する。こうしてできる一つの形態が、リン脂質の二重層からなる袋である。二重層の内部に疎水性の部分が配向し、外側表面(細胞の外側)と内側表面(細胞の内側)に親水性の部分が配向する。
リン脂質の二重層にはさまざまな蛋白質がさまざまな形で結合している。この結合する蛋白質の組成に応じて、細胞膜は特異性を備え、特定の機能(生物学的仕事)を行うことになる。
細胞の内部環境(つまり原形質)を"好ましい"状態に維持することは細胞の生命活動の基本といってよいだろう。第一に、pHを中性付近に保つことによって蛋白質の作用活性を適正に維持する。第二に、細胞の浸透圧が高くなりすぎると吸水によって細胞が破裂してしまうから、浸透圧もまた適正に維持する必要がある。第三に、Ca2+イオンのように有害なイオンを排出しなければならない。第四に、呼吸基質や構築素材を吸収しなければならない。第五に、外部環境シグナルに速やかに応答できる体制を整えていなければならない。
細胞の内と外 原形質膜で被われた内部は原形質膜を含め、常識的には細胞の内部である。だが、トポロジー的には、細胞内の小胞(リソゾーム、液胞、小胞体、ミトコンドリアなど)の内部は、細胞の外側に相当する。各小胞の袋、つまり小胞をつくる細胞膜自体は、細胞の本体であるが、袋の中味は細胞の外側にある。 これは、膜動輸送の過程をおうと一目瞭然となる。細胞吸収(エンドサイトーシス)の過程では、原形質膜が陥入し、くびれの部分が融合し、更に、くびれの部分でちぎれることによって細胞の内部に浮遊することによって小胞(これを食胞とか、エンドソームという)ができる。原形質膜の表側(細胞の外に面した側)が、小胞の内部に面していることがわかるだろう。細胞分泌(エキソサイトーシス)では、これが逆向きに進み、小胞が原形質膜に融合してから、原形質膜が融合点を引き裂くようにして広がることによって、小胞膜が原形質膜に取り込まれていく。リソゾームの袋が内部にたくさんの消化酵素を詰め込んでいても、それは細胞の外のことであるから問題ないことも、頷けるというものだ。したがって、厳密な意味での細胞の本体は、細胞質と核質(細胞核の原形質で、核膜孔を通じて原形質と連結している)と各種の小胞の袋の本体(小胞の細胞膜)ということになる。ミトコンドリアも葉緑体も二重の細胞膜によって被われた細胞小器官である。このうち外側の細胞膜は、細胞本体の一部になっているが、内膜はミトコンドリアや葉緑体に帰属するものだ。全く同じように、個体の内と外を区別することができる。動物の個体は、上皮細胞シートの袋である。さまざまな動物の形態の違いは、上皮細胞シートのおれたたまれ方の違いに応じて出来上がっている。口と肛門に連なる消化管も、上皮細胞シートが個体の内部に陥入することによって形成されたものだ。これはちょうど、原形質膜の陥入による小胞形成に対応した過程である。さて、図に明らかなように、外部に開いた穴を介して個体の外部に通じた消化管の内部は、個体の外部である。もちろん、消化管という袋自体は個体の内部であり、個体の一部である。個体や細胞にとって、消化作用は自らをも消化する危険な過程であるから、個体の外である消化管や細胞の外であるリソゾームの内部で行われるのである。
電気化学ポテンシャル勾配 電気化学ポテンシャル勾配濃度勾配に沿った輸送を受動輸送、逆らった輸送を能動輸送と述べられることがあるが、これは荷電していない物質の輸送にのみあてはまる。荷電した物質(陰イオンまたは陽イオン)の輸送形態を区別するためには電気化学ポテンシャル勾配を用いなければならない。電気化学ポテンシャル勾配(Δμ)は、濃度勾配と膜電位(膜電位差のこと)の両方に依存した内外の自由エネルギー差である。外部に対する内部の自由エネルギーとして表現すると、電気化学ポテンシャル勾配は次式で与えられる。 ただし、zはイオンの価数で、K+イオンやNa+イオンであれば1、Ca2+イオンであれば2、Cl-イオンであれば-1である。また、膜電位Vの単位は㍉ボルト(mV)、温度は25゚Cとした。温度が37゚Cであれば1.36の代わりに1.41を用いる。このとき、電気化学ポテンシャル勾配の単位はkcal/molとなる。 右図では、動物細胞におけるK+イオンの典型的な状況を模式的に表してある。細胞内部のK+イオン濃度は高いので、電気化学ポテンシャル勾配のうち濃度勾配項は外向きの駆動力を生じる。ところが、膜電位(外部に対する細胞内部の電位差)はマイナスなので、膜電位項は内向きの駆動力を持っている。その和としてのK+イオンの電気化学ポテンシャル勾配は、図において外向きの駆動力を生じている。原形質膜のK+イオン透過性は一般に大きいから K+イオンは絶えず流出することになる。この流出だけが進行すれば、そのうち(外向きの)濃度勾配項が低下するとともに、(細胞内には負の電荷が取り残されるので)(内向きの)膜電位項が増加して、濃度勾配による外向きの駆動力と膜電位による内向きの駆動力が釣り合って、電気化学ポテンシャル勾配はゼロとなって(解消して)、 K+イオンの正味の輸送が停止する。このときの膜電位を、 K+イオンの平衡電位という。一方、Na+イオン濃度は細胞内で低く保たれているので、 Na+イオンについては膜電位項ばかりでなく濃度勾配項も内向きの駆動力を持っている。
平衡電位透過させるイオンについて選択性をもっている膜であれば、一般に、受動輸送だけで膜電位を発生することに注意しよう。今、K+イオンだけを透過させる半透膜の袋にKCl(塩化カリウム)溶液を入れ、この袋を純水中に浸す。この瞬間、膜電位差(普通、外部に対する内部の電位として表す)はゼロであるから、K+イオンはその濃度勾配にしたがって外部へ浸透する。この外向きの輸送によって外部のK+イオン濃度が高まるが、これは同時に外部がプラスに帯電し、内部が負に帯電することを意味している。つまり、負の膜電位が発生することになる。K+イオンはカチオン(陽イオン)であるから、負の膜電位はK+イオンを内向きに浸透させる駆動力になる。こうして、今の場合、 K+イオンの濃度勾配は外向きの駆動力、膜電位は内向きの駆動力をもつから、 K+イオンの(正味の)浸透は二つの駆動力が釣り合ったところで停止することになる。正味のK+イオン浸透(輸送)が停止した平衡状態(電気化学ポテンシャル勾配Δμがゼロになったとき)における膜電位を、 K+イオンの平衡電位という。上式でΔμ=0とおくことにより、一価のカチオンの平衡電位は、だいたい で与えられる。一価のアニオンの平衡電位はこれにマイナスを付す。二価のカチオン(アニオン)であれば60の代わりに30を用いる: 同じ膜電位であれば一価の場合の二倍の駆動力を生むから、濃度勾配による駆動力と釣り合うために必要な膜電位は一価の場合の半分でよい。今、外部濃度を1mMに保ったとき内部濃度が100mMのときカリウム輸送が停止すれば、カリウム平衡電位は約-60mVとなる。この状態から、外部濃度を10倍に引き上げて、10mMに維持したとすれば(10mMKCl溶液を流し続ける)、カリウムイオンの電気化学ポテンシャルは外部が高くなるから、カリウムイオンはこのポテンシャル勾配がゼロになるまでどんどん細胞内に侵入していくことになる。仮に、内部濃度400mMで平衡に達したとすると、カリウムの平衡電位は約-100mVである。実測の膜電位は多くの場合、外部のカリウム濃度に強く依存し、しかもその平衡電位に極めて近い。したがって、膜電位の大半は、カリウムチャンネルによる受動輸送によるものである。
媒介輸送と細胞内イオン環境 単純拡散と媒介輸送浸透、拡散、或いは単純拡散などと呼ばれる輸送形式では、特別な輸送蛋白質を経由することなく、物質が細胞膜を透過する。水の浸透などはその典型である。この場合、電気化学ポテンシャル勾配に沿って(高い方から低い方へ)物質(イオン)は浸透する。この輸送は典型的な受動輸送である。これに対し、輸送蛋白質の働きによって輸送される形式を媒介輸送という。 イオンチャンネル媒介輸送の内、特定のイオン種のみをその電気化学ポテンシャル勾配に沿って透過させる(受動輸送する)輸送蛋白質をイオンチャンネルという。細胞膜はK+イオンに対し一般に透過性が高いが、これはK+ (カリウム)チャンネルによるものである。不断はNa+(ナトリウム)チャンネルやCa2+(カルシウム)チャンネルは閉じており、透過性は極端に低い。細胞が刺激を受けると、これらのチャンネルが開き細胞内濃度は上昇する。つまり、環境シグナルがNa+イオンやCa2+イオンの濃度上昇に変換されるわけだ。神経細胞(ニューロン)の活動電位(神経発火)はNa+(ナトリウム)チャンネルの一過的な開孔による。イオンチャンネルは、一分子当たり一秒間に100万個のイオンを運ぶ能力をもつ。これは、他のどの輸送蛋白質よりも100倍以上は速い速度である。