生物のエネルギー変換
生命系も生態系も秩序形成系であるから、定常的に自由エネルギーを消費し、変換している。その基本となる反応が、光合成と呼吸である。ここでは、生物体(細胞)におけるエネルギー変換を概略的に説明する。
①光合成のATP生産とNADPH生産
光合成生物が光を吸収すると、水素含有物(水とか硫化水素)の電子が運動エネルギーを得て、他の化合物に移動する。つまり、電子の授受がおきる。これを酸化還元という。この電子は更に光合成的電子伝達系と呼ばれる一連の反応系列を経て、最終的には補酵素NADPまたはNADに伝わって、これを還元しNADPHまたはNADHを生成する。
光によるATPとNADPHの生産
電子が流れるということは電流が流れることである。中学の教科書に載っているように、(電流)x(電圧)=(電力)である。その電流のエネルギーを利用して生物はATPを合成する。こうして、光合成生物は、光のエネルギーを酸化還元のエネルギーに変換することによって、NADPH(またはNADH)とATPを合成する。基本は同じであるが、シアノバクテリア型の光合成では最初の電子供与体(水素含有物)として水を使用するのに対し、光合成細菌型の光合成では水以外の電子供与体、例えば硫化水素を用いる。我々になじみ深いのは前者の光合成で、水から電子が引き抜かれるために、光合成の副産物として酸素が放出される。シアノバクテリアは細菌であり、藍色細菌とも藍藻とも呼ばれる。クロレラやクラミドモナスなどの緑藻やユーグレナ(ミドリムシ)などの鞭毛藻、そして植物はすべてシアノバクテリア型の光合成を行う。
ここまでは、いわゆる光合成の明反応であり、光合成装置が形質膜(シアノバクテリアの場合)または葉緑体のチラコイド膜に特定の向きに埋め込まれることによって可能となっている(後述)。
ATPとNADPHによる生合成
光合成明反応によって生産されたATPやNADPHの一部は、カルビン回路と呼ばれる反応回路のはたらきによって、二酸化炭素と水からグルコース(ブドウ糖)などの炭水化物を合成することに消費される。NADPHは、還元力(物質を還元するエネルギーと水素の供与)として用いられ、カルビン回路においてはグリセルアルデヒド3燐酸(C3化合物)を3フォスホグリセリン酸に還元する。更に、こうした炭酸還元の他に、明反応で形成されたNADPHは硝酸や亜硝酸を還元して、アミノ酸の前駆体であるアンモニアを生成するのにも使われる。ATPの方は、還元的生合成であれ何であれ、その燐酸基を別の化合物に転移することによって、その化合物に自由エネルギーを供給する。
この過程は植物ではすべて葉緑体のストロマ(葉緑体内のコロイド水溶液、葉緑体基質)中で、シアノバクテリアであればその細胞質で進行する。グルコースの一部は蔗糖(砂糖)の形で根や茎あるいは老いた葉に転送される。グルコースの一部は澱粉の形で貯蔵される。残りは、呼吸基質となる。
②呼吸によるATP生産
呼吸鎖
呼吸では、グルコースが細胞質に溶解する10種類あまりの酵素群からなる解糖系によって分解され、更にミトコンドリアに溶解するクレブス回路(TCA回路、クエン酸回路)によって、炭酸ガスと水にまで分解される。この分解反応の連鎖過程の途中で、炭水化物は何度か酸化されてNADを還元し、NADHを生成する。このNADHは、ミトコンドリアの呼吸鎖とよばれる反応系列を次々に還元し、最終的には酸素を還元する。この一連の酸化還元反応、つまり電流の流れのエネルギーを利用してATPが合成される。光合成におけるNADPHやATPの合成と、よく似た過程であることに注意して欲しい。光合成では光が光合成電子伝達系を駆動するのに対し、呼吸ではNADHが呼吸鎖を駆動する。ともに、この電子移動にカップリングしてATPが合成される。
明反応: 光 + 水 + ADP + NADP → ATP + NADPH + 酸素
呼吸鎖:NADH + 酸素 + ADP → NAD +ATP + 水
呼吸基質分解の三段階
図に示すように、脂質(脂肪)、多糖、蛋白質が、それぞれの構築素材である脂肪酸、単糖、アミノ酸に分解される過程で放出される自由エネルギーは、それぞれの栄養物が蓄えていた自由エネルギーの1%も満たないほんの僅かなものでしかない。構築素材が、アセチル補酵素Aにまで酸化分解されるときに15?30%の自由エネルギーが放出され、アセチル補酵素Aがクエン酸回路によって完全に酸化分解すると、70?80%の自由エネルギーが放出される。放出された自由エネルギーはNADHに移転し、これが呼吸鎖のはたらきによってATPに変換されるわけである。
呼吸基質の二つの利用法
生物が栄養物として吸収した呼吸基質(脂肪、多糖、蛋白質)のすべてを、クエン酸回路によって酸化分解してしまえば、生物は莫大なエネルギーを得ることになるが、次第に衰弱して、あとには炭酸ガスが残るのみとなる。呼吸基質のすべては細胞体の構築素材である脂肪酸、単糖、アミノ酸に分解する必要があるが、その一部のみが呼吸によって完全酸化されるのである。構築素材またはアセチル補酵素Aを出発として、さまざまな細胞成分が合成されて、生物体(細胞)は、現状を維持する(自己更新)するとともに、大きさを増大させ成長する。こうして、栄養物の運命の一つは呼吸による炭酸ガス(動物であれば更にアンモニア)であり、もう一つは構築素材である。(栄養物)=(呼吸による炭酸ガス)+(構築素材)。
栄養物質に蓄えられていたエネルギーの一部は、呼吸による完全酸化によってATPに変換され、残りは、構築素材に蓄えられたエネルギーとしてそのまま残ることになる。生合成仕事(同化代謝)とは、構築素材にATPの自由エネルギーを移転することによって、さまざまな細胞成分に変換する過程に他ならない。